本音を優先して生き、ナニゴトにもかたよらず、こだわらず、とらわれないといった、安定した心理状態が常になった時、人は、刺激を欲しなくなるのだと思う。
飲食物による刺激とは、味の濃い物、辛い物、甘さや塩気の強い物、カフェイン、炭酸、お酒、ジュースなど。
飲食物意外による刺激とは、ギャンブル、風俗、スポーツ、テーマパーク、映画、テレビ、激しい音楽など。
刺激を頻繁に欲するのは、それだけ多くのストレスを抱えて生きているということではないだろうか。
心や身体が、ストレス解消を目的に、刺激を求めるのだと思う。
けれど、刺激を当てにする日々を送っていると、期待していた刺激が得られなかっ時のガッカリ感は大きい。
楽しみにしていたテーマパークへ行けなくなったとか、仕事後に飲もうと思っていた珈琲が無かったとか。
そして、刺激によって自身で解消できなかったストレスは、溜まると他者に向けて発散される。
仕事のグチ、他者の悪口、止まらぬお喋り、マウント、イジメ、怒り、などという形で。
ストレスが溜まるとロクなことがないので、刺激とうまく付き合い、こまめに自分で解消した方が良いとは思うけど、
そもそも、なぜ、そんなにストレスが多いのだろうか?
ストレスの種類は主に2つ。
・やりたくないことをやっている。
・やりたいことがやれていない。
自分の暮らしからこの2つが減るように、何か、工夫できないだろうか。小さなことから。
そのためには、まず、自分が本当は「嫌だ」と思っていること(本心)に気づく必要がある。
「娘だから・親だから・妹だから・姉だから・妻だから・女だから・従業員だから・役職だから・経営者だから…これを私がやるしかない。」
と思い込み、本心にフタをして頑張っている人が、なんと多いことか。
でもソレは、本当に、自分がやらなければならない「仕方がないこと」なのだろうか。
自分がソレをやらなければ、家族が困る?仕事仲間が困る?ご近所さんが困る?
ソレは、自分の心身を困らせてまで、やることなのだろうか。
世の中で、一番大切に扱わなくてはならない人は、自分。
本心に従い、ソレを受け入れるか拒否するかをちゃんと表現し、在るがままで居る時間が多くなると、ストレスはうんと減り、「刺激」に興味がなくなるんじゃないかな。
そして、そうなった時、日常のさまざまなことに喜びやありがたさを感じるようになっていて、いつの間にか、幸せ大き日々になっているのかも。
聖人か。( ̄(工) ̄)
サミー